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佐賀地方裁判所 昭和30年(行)3号 判決

原告 村山亀次郎

被告 武雄市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告が武雄市監査委員であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

原告は佐賀県武雄市議会議員であるが、被告武雄市の市長中野敏雄は昭和三十年四月八日武雄市議会の同意を得て、原告を武雄市監査委員に選任した。尤も右選任の辞令は同月二十七日市長より原告に交付されたので、選任の効力は同日生じたものである。よつて原告は被告市の出納事務の執行を監査する必要があると認め、同年五月十三日午前十時より監査をする旨同月十日附で市長及び出納立会人に通知した上、右期日に武雄市役所に赴き、監査を開始する旨告げ、出納関係書類の提出を求めたところ、市長は原告には監査委員の資格が無いから、監査に応じられない旨申向け、原告の監査を拒否した。そこで原告は監査委員としての職務執行が出来ないので、原告が被告市の監査委員であることの確認を求めるため本訴に及ぶと述べ、被告の主張に対し原告は予ねて訴外社団法人佐賀県自転車振興会(以下振興会と略称する)の理事であつたが、武雄市長より監査委員に選任される前日である昭和三十年四月七日振興会理事長宮原忠直に振興会理事辞任の意思表示をなし、同日受理されているから監査委員選任当時振興会理事であつたとの被告の主張はその前提において理由がない。

仮りに然らずして監査委員に選任された当時、振興会理事であつたとしても振興会は自転車競技法に基いて設立された営利を目的とせぬ公益法人で同法に基き武雄市が公共目的達成のため競輪事業なる公企業を実施するにつき、その開催の都度、武雄市との間に委任契約を締結し、同市より右公企業の一部である自転車競走の実施に関する事務の委任を受け、その必要経費(業務施行費)として、自転車競技法所定の車券売上金額の百分の三に相当する交付金を交付されるに過ぎないのであつて、右交付金は請負の報酬として交付されるものではない。抑々地方自治法第二百一条において監査委員が当該地方公共団体と請負関係にある私企業への関与を禁止した所以のものは公共団体の支出金を以て継続的に自己の営業上の所得としている者は公平な見解の下に公務を遂行することが困難であり、その地位を利用して私利を図る危険があるというにあるところ、武雄市と振興会との間には右の如く何等営業的対立的な取引関係も存しないし、振興会は武雄市より競輪実施という事務の委任を受け、その事務の処理に必要な経費の交付を受けるに過ぎない。従つて同条にいう請負関係に該当しないから、兼職を禁止されるものではない。

仮りに然らずとするも、地方自治法第二百一条の兼職禁止規定は監査委員に選任されたものが、その職務を執行する際、請負関係にある私企業の役職員であつてはならないという趣旨であつて、選任についての資格を定めたものではないから、原告が監査委員として職務執行に着手する以前に振興会理事を辞任すれば、何等兼職禁止に触れないのであつて、原告は少くとも同年五月十三日以前に右辞任をなしているから被告の主張は当らない。かように答えた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告がその主張のように武雄市議会議員であること、市長中野敏雄が昭和三十年四月八日武雄市議会の同意を得て原告を武雄市監査委員に選任したこと、原告がその主張のとおり監査をなそうとしたこと、市長が原告には監査委員の資格がないから監査に応じられない旨申向け原告の監査を拒否したことは各認める。原告は監査委員選任の日は選任辞令交付の日、即ち同年四月二十七日であると主張するが、同月八日議会の同意を求めた際、原告も同議場におり、市長の選任の意思表示に対し、原告は即座に同意(承諾)の意思表示をなしたものであるから、同月八日選任されたものである。

武雄市長が原告に監査委員の資格がないと主張する所以のものは、市長が原告を監査委員に選任した当時、原告は振興会の理事に就任していたもので、地方自治法第二百一条により準用される同法第百四十二条によれば、かゝる職にある原告は監査委員を兼職することはできないのであつて、市長の原告に対する監査委員選任は当然無効である。即ち同条に云う請負とは民法第六百三十二条の請負のみならず普通地方公共団体、その長又はその長の委任を受けた者から一定の報酬を得てその需要を供給することを業とする場合をも含むと解せられているところ、振興会は武雄市より車券売上額の百分の三の交付金を得て武雄市のために競輪の実施という一種の需要を供給することを業としているのである。なおこの点につき昭和二十七年七月十日附で佐賀県武雄町議会議長より自治庁行政課への照会に対し「振興会の行う事務の中武雄町の競輪実施の事務がその主要な部分を占めている場合においては右振興会理事と同町の監査委員との兼職はできないものと解する」旨の回答がなされ、且つこの解釈はその後もそのまゝ維持されているのであるが、佐賀県内においては自転車競技法による競輪を施行しているのは武雄市のみで、振興会の行う事務がその主要な部分において武雄市の競輪実施の事務であることは明らかである。よつて原告には武雄市監査委員の資格がないのである。

かように主張した。

なお、原告は右地方自治法第二百一条の兼職禁止規定の趣旨は監査委員選任についての資格を定めたものではなく、職務執行の要件を定めたものであると主張するが、右は同条の文理解釈よりするも明らかに失当であるのみならず地方公共団体と前掲のような特別の請負関係にある者が、その関係を持続したまゝ当該地方公共団体の監査委員となることは、監査委員としての公正な活動を確保する上において穏当ではないとして右の立法措置が採られたものと解すべきであるから原告の右主張も到底是認できない。

かように述べた。

(立証省略)

理由

先ず職権を以て本訴につき裁判所に審査権があるか否か考えてみるに、原告は武雄市長より同市の監査委員であることを事実上否認されることにより、監査委員の地位に伴う種々の個人的特権をも喪失するのであるから、市民としての権利を侵害されることになり、その否認の理由乃至根拠に違法があれば、監査委員の選任や退任の効力を争う場合等と同様、訴の利益のある限り、裁判所が、これを審査し得ると解する。

よつて本案について審按することとする。

原告が武雄市議会議員であること、市長中野敏雄が昭和三十年四月八日武雄市議会の同意を得て原告を武雄市監査委員に選任したこと、原告が被告の出納事務の執行を監査する必要があるとして同年五月十三日午前十時より監査をする旨同月十日附で市長及び出納立会人に通知した上、右期日に武雄市役所に赴き監査を開始する旨告げ出納関係書類の提出を求めたところ、市長は原告には監査委員の資格が無いから監査に応じられない旨申向け、原告の監査を拒否したことは各当事者間に争いがない。

原告は右監査委員選任の効力が生じたのは、選任の辞令が市長より原告に交付された同年四月二十七日であると主張し成立に争いのない甲第二十五号証によれば選任辞令交付の日は同年四月二十七日であることが認められるが、各成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第十六号証の二、(昭和三十年(行)第一号監査委員確認請求事件の記録中被告本人中野敏雄の尋問調書、以下昭和三十年(行)第一号監査委員確認請求事件の記録及び尋問調書なる記載は省略する)によれば同年四月八日の市議会において市長が議会の同意を求めた際、原告も同議場におり、市長の選任の意思表示に対し原告は即座に同意(承諾)の意思表示をなしたこと、選任辞令の日附も昭和三十年四月八日となつていることを認めることができるので、原告が監査委員に選任されたのは、右昭和三十年四月八日であると解するのが相当である。

被告は市長が原告を監査委員に選任した当時原告は振興会の理事に就任していたと主張し、原告は予ねて振興会の理事であつたが市長より監査委員に選任される前日の同年四月七日振興会理事長宮原忠直に右理事辞任の意思表示をなし同日に受理されたから監査委員選任当時は原告は振興会の理事ではなかつたと主張するので、この点から判断する。

各成立に争いのない乙第一、第二、第四、第六、第十号各証、同第十四号証の一乃至三(証人前田竹次、井崎寅次、野中増一)同第十五号証の一、二(証人後藤祐太郎、田中明一郎)同第十六号証の二(被告本人中野敏雄)甲第七号証及び成立に争いのない乙第十五号証の二(証人田中明一郎)により真正に成立したと認める乙第五号証を綜合すると武雄市長が原告を監査委員に選任した当時は、監査委員と振興会の理事との兼職について地方自治法の解釈上問題あることは市長及び市事務当局においても、市議会側においても全く知らなかつたこと、原告は市議会の競輪常任委員であるところ、同年四月三十日に開催された競輪常任委員会においては市より振興会に対する特別交付金についての申合せの件につき市長に対し「私は振興会の理事として私から発言すべきではないか一応事情をよく知つておりますので云々」と前置きして質問したこと、同年五月七日市助役野中増一が他の用件で例規を調査中競輪課備付の文書中より偶々振興会の行う事務の中武雄町の競輪実施の事務がその主要な部分を占めている場合において振興会理事と監査委員との兼職はできない旨の地方自治庁、通商産業省の各通達を発見し、これを市長に見せたところ、市長は翌八日市議会議長に原告の選任につき手落があつたことを報らせた上助役を原告方に遣わしたこと、助役は原告に右の旨伝えたところ、原告は「それは絶対的ではなかろう」と申向けたが、助役はその点研究せねばならないから、一応翌日の監査期日(当時同月九日が監査期日と予定されていた)を延期したいと申出で原告もその旨了解したこと、翌九日市議会議長室に原告、市議会議員中村哲二(同人は原告の親類に当る)等数名が訪れ、同所で原告は助役に「振興会理事の辞任届を書いて持つて来た。理事を辞めればよからうから早く監査をするよう日取を決めろ。」と申向け、なおその際原告は「自治庁の通達は絶対的なものであるものか」と洩し、右中村も「村山氏が理事をやめれば何事もなかろう。」とつぶやいていたこと、翌十日午後八時頃市長は原告方に赴き原告に監査委員選任は兼職禁止の規定に触れ当然無効である旨告げ手落を詑びたところ、原告は「通達の解釈は絶対的なものではなかつたですな。」と申向け、更に「私は四月二十七日振興会理事を辞めており、その登記手続も今日(五月十日)済む筈であるから監査委員の資格はあると思う」旨告げたので、市長が「四月八日の前後は振興会の役員をしていたでせう。」と尋ねたところ「無論しておる。」旨答えたこと、原告はその後同年五月十三日の監査期日(原告の指定した)に至つて初めて市長に同年四月七日に振興会理事を辞任している旨申向けたこと、振興会の登記簿には当初昭和三十年五月十日登記事項として「理事村山亀次郎は昭和三十年四月二十七日辞任す。」と記載され、同年五月十二日登記事項として「理事村山亀次郎辞任年月日錯誤につき左の通り更正す。理事村山亀次郎は昭和三十年四月七日辞任す。」と更正登記されていることを各認めることができ甲第六、第十四号各証は叙上より判断すれば何れも後日作成されたものと思料せられ、甲第十五乃至第十七、第二十一、第二十二、第二十四号各証も右認定を左右する証拠となし難く甲第二十七(証人宮原忠直)同第二十八号証(証人藤崎鶴雄)中の各証言の記載、同第二十九号証(原告本人村山亀次郎)の本人尋問の結果の記載中右認定に反する部分はたやすく信用できない。

右認定の諸事実に徴すれば原告が振興会理事を辞任したのは兼職禁止の問題が表面化するに至つた同年五月十日頃であり、少くとも市長が原告を監査委員に選任した同年四月八日当時原告は未だ振興会の理事を辞任していなかつたと断定せざるを得ない。

よつて進んで同年四月八日振興会の理事の職にあつた原告は地方自治法第二百一条により監査委員を兼職することができないので、市長の同日になした原告に対する監査委員選任は当然無効である旨の被告の主張につき判断を加える。

振興会が自転車競技法第十一条、第十二条の規定に基き設立された営利を目的とせぬ公益法人であること、被告武雄市が競輪を施行するにつき同法第一条第四項及び同法施行規則第一条に基き自転車競走の実施を、振興会に対し委任していること、被告武雄市は自転車競技法第十条第二項、同法施行規則第十三条により車券の売上金の額の百分の三の金額を振興会に交付していることは当事者間に明らかに争いのないところである。各成立に争いのない甲第八乃至第十二号各証、同第二十七号証(証人宮原忠直、前記措信しない部分を除く)、同第三十号証の一、二(証人石井亀次郎、藤崎鶴雄)の供述記載を綜合すれば振興会の設立目的は自転車競技法にもとずき佐賀県における自転車競走を公正且つ円滑に実施すると共に、自転車に関する事項の振興を図ることにあり、そのため(一)自転車競技法第一条に規定する競輪施行者より委任された自転車競走の実施、(二)自転車競走及び自転車に関する各種宣伝、(三)自転車競走に関する調査研究、(四)自転車競走に使用する自転車の性能、品質及び規格等の調査研究、(五)自転車競走の実施に必要な役職員及び選手の指導養成、(六)出場選手になろうとする者の技能等の審査、(七)其他同会の目的を達成するために必要な事業を行うものとされていること、佐賀県における競輪の施行者は武雄市のみで市はその行う競輪事業の一部である自転車競走の実施を振興会に委任し振興会の収入は武雄市からの前示交付金のみであり、その支出の大部分は武雄市より委任を受けた競輪実施のために当てられており事業費、調査研究費等の支出は僅少であること、武雄市と振興会との間の委任契約は競輪開催の都度、締結される建前にはなつているが、それは形式的なもので継続的に常に必ず委任されることになつていることを各認めることができる。

蓋し武雄市が振興会に対し競輪の実施を委任し法定の交付金を交付する法律関係は民法上の請負であるか準委任であるかは必ずしも明かでないが、地方自治法第二百一条において準用する同法第百四十二条にいう請負には仕事の完成に対し報酬が支払われる場合(民法上の請負)のみならず、事務の処理に対して報酬が支払われる場合(民法上の準委任)をも包含すると解すべきところ、右事実に徴すれば武雄市と振興会とは当時右条項にいう請負関係に立ち、且つその請負が振興会の全業務の主要部分を占めておるものといわざるを得ない。

加えて市の監査委員の職務は地方自治法第百九十九条第一項により市経営に係る事業の管理及び市の出納その他の事務の執行を監査することであるから、当然市が施行する競輪事業の管理及びこれに伴う出納をも監査する職務を有し、各成立に争のない甲第十、第一号各証によれば現に被告武雄市はその施行する競輪事業を市の特別会計としているが、これは監査委員の監査の対象となり、市が振興会に交付する金額を一例にとつてみても監査委員はその金額の交付が自転車競技法第十条第二項及び同法施行規則第十三条に則り適法にされているか否かをも監査すべきものであり更に本件においては各成立に争いのない乙第七、第十、第十一号各証、甲第二十四号証、同第二十七号証(証人宮原忠直、前記借信しない部分を除く)、同第二十八号証、同第三十号証の二(証人藤崎鶴雄の第一、二回、前記措信しない部分を除く)、同第二十九号証(原告本人村山亀次郎、前記措信しない部分を除く)、乙第十六号証の二(被告本人中野敏雄)並びに同号証の尋問の結果の記載により真正に成立したと認める乙第十三号証を綜合すれば振興会は昭和二十五年六月頃、その運営が行きづまつたので当時の武雄町より法定外の特別交付金なる名義の下に金七十五万円の交付を受けたことがあり、右金はその後三回に亘つて分割返済されたこと及び昭和二十九年九月二十八日武雄市長と振興会理事長宮原忠直との間に「売上二、五〇〇万円以下の場合振興会は運営に支障を来すので、市は議会に諮り振興会に対し二、五〇〇万円に相当する交付金額に達するまでの差額を特別交付金として交付し振興会の運営を援助する」旨の申合ができ、右申合の実施方が武雄市議会、競輪常任委員会等で振興会の役員である議員から再三要望されていたことさえも認め得るから、かような情況の下においては、たとえ前示交付金の割合が一応法定されていても振興会の理事が市の監査委員を兼職した場合においては競輪事業の監査につき行政の公正化を欠く虞れがあることを多分に懸念されるのである。

従つて振興会の事務が営利的色彩を有するものであると否と、市より振興会に支出される金が交付金と呼ばれると否とにかかわらずこれ等の点より考えると監査委員と振興会理事との兼職は禁止されていると解するのが地方自治法第二百一条の立法趣旨に合致する解釈といわねばならない。

これを要するに振興会の理事は市に対して主として請負をすることを業とする法人の取締役に準ずる者であるから、右条項により監査委員を兼職することができないものと解する。

しかして右規定は監査委員の職務の遂行の公正を確保するため兼職を禁止したものであること明らかであるところ、右規定を監査委員の職務執行についての資格要件を定めたものとすれば、監査の際に改めてその資格を有するか否かを検討してはじめて監査委員の監査を受けねばならぬという帰結になり、かくては監査委員たる地位を不明確にするのみならず、行政の迅速処理の要求にも反する結果となるから、監査委員選任についての資格を定めたもので右規定に違反した監査委員の選任は当然無効であると解するのが相当であり、なお手続の上から見ても監査委員は市長が市議会の同意を得た上で選任するのであるから委員に選任される者は選任されることが内部的に確定し正式に選任される以前に振興会の理事の職を辞任する余地があるから、原告の監査委員として職務執行に着手する以前に振興会理事を辞任すれば足るとの主張は採用できない。

よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩崎光次 田中武一 小川正澄)

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